入ってすぐ左にある脱衣所の洗面台で、指と指の間から手首まで泡をつけて入念に洗い、
仕上げに爪ブラシで指先を入念にこすってから洗い流す。
手洗いが終わると、足早に脱衣所から居間を抜けて台所まで直進し、淹れた煎茶で長いうがいをする。
すぐにシンクを洗い流し、飛んだ水しぶきを布巾で綺麗にぬぐう。
それからアルコールを吹きかけた台布巾を持って事務所に戻り、デスクを磨くように拭く。
……これで宮沢の帰宅後の習慣は終わる。

 デスクとセットで買ったキャスター付きの灰色の椅子に腰かけてパソコンと向かい合うと、
早速HOTEL・AThatと検索をかけて企業サイトを調べ出した。

「スイートでなくても高いな……」

 料金表を見ながら宮沢はひとりごとをつぶやく。長年独り身とあって無意識にでてしまうようになったのだ。

 調べると、HOTEL・AThatは松田コーポレーションが運営する超高級ホテルの1つで、
営業主は松田コーポレーションの社長令嬢である松田杏奈となっていた。
サイトトップに彼女の写真が貼られている。
ベリーショートの黒髪に、はっきりとした目鼻立ち。気が強そうだが、中々の美人である。

「社長令嬢ねえ……クチコミ見てからだな」

 クチコミは数千件程あり、評価を表す星のマークの横には満点5点中4.8点と高評価。
ホテルのマークは黒のト音記号の数か所にパステルカラーの着色と可愛らしく、
特に女性受けを狙ったホテルかと思えば、利用客は女性ばかりでなく男性から家族連れまで幅広いようだ。

「ま、行って損はねえな」

 一通り調べて電話で予約を入れると、眼鏡をはずして丁寧に超音波洗浄機にいれた。
つい先日老人からの依頼金で買ったばかりの品物で、超音波による衝撃波で眼鏡や時計を洗うものだ。
潔癖症とまでは言わないが、清潔を好む彼にとっては高級車よりも愛おしく見えている。

「さーって、テレビでも見んべ」

 のびをしながら事務所をあとにし、生活部屋の居間兼寝室に向かった。
……32歳、独身。仕事が終ったあとは夜食を食べながらテレビを見て、あとは寝るぐらいしかないのだった。








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